全体の進め方

葬儀費用は誰が払い、どこまで引けるのか|故人の預金・相続税・相続放棄

杉野 一樹

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葬儀が終わって請求書が届く。払うのは誰か。故人の口座から出してよいのか。あとで税金から引けるのか。この3つは別々の法律の話で、順番に確かめると答えが出ます。

この記事で分かること
  • 誰が払うかは、法律に書かれていません。決まっているのは、あとで相続税から引けるかどうかです
  • 故人の預金からは、単独で払い戻せる額があります。預金額の3分の1×法定相続分、1金融機関150万円までです
  • 相続放棄を考えているなら、故人の財産から払う前に止まってください。放棄できなくなるおそれがあります
実家じまいの5段階。お墓、仏壇・位牌、片付け、家をどうするか、解体
この記事は5つの段階の手前、相続の手続きの話です。

実家じまい全体の流れと、先に確かめる期限は実家じまいは何から始める?5つの段階と、かかるお金の全体像にまとめています。

誰が払うかは、法律に書かれていない

まず、ここから。葬儀費用そのものの相場(喪主2,000人の総額の平均96.73万円、形式別の実額)と、広告の金額が跳ね上がる仕組みは葬儀費用の相場はいくらか|喪主2,000人の実額、「家族葬50万円」が120万円になる仕組み、自治体の規格葬儀に書きました。

民法にも相続税法にも、「葬儀費用は誰が払う」という条文はありません。喪主が払うことが多いのは慣習であって、法律の定めではありません。兄弟で分けてもよいし、相続財産から出してもかまいません。

法律が決めているのは、別のことです。

  1. 故人の預金から、誰がいくら引き出せるか(民法909条の2)
  2. 相続税を計算するとき、葬式費用をどこまで引けるか(相続税法13条)
  3. 相続放棄をする人が、故人の財産に手を付けてよいか(民法921条)

この3つを順に見ていきます。話し合いで決めるにしても、この3つを知らないまま決めると、あとで揉めます。親が生きているうちに預金の在りかを聞いておけば、揉める前に済みます(生前整理は片付けから始めない|親が決められるうちに残す3つの書類)。

なお、墓の承継とその費用も同じ構造です。民法897条は「祭祀を主宰すべき者」が墓を承継すると定めていますが、費用の負担者までは書いていません。詳しくは墓じまいをしないとどうなるのか|放置した墓と、お金が無いときの順番にまとめました。

故人の預金から、単独で払い戻せる額がある

故人の口座は、死亡が伝わると凍結されます。遺産分割が終わるまで動かせないのが原則です。相続人であることを示す戸籍の集め方は親の戸籍の集め方|2024年からは最寄りの役所で出生まで請求できる。法定相続情報一覧図にすれば写しは無料で使い回せるに書きました。

ただし、2019年7月1日に施行された民法の第909条の2が、例外を作りました。各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち「相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額」については、単独でその権利を行使することができる、と定めています。

計算式は、こうです。

相続開始時の預金額 × 3分の1 × 自分の法定相続分

たとえば故人の預金が600万円、相続人が配偶者と子2人なら、子1人が単独で引き出せるのは 600万円 × 1/3 × 1/4 = 50万円です。

上限があります。法務省は「同一の金融機関に対する権利行使は、法務省令で定める額(150万円)を限度とする」と説明しています。1つの金融機関につき150万円までです。

注意:条文が、葬儀費用を念頭に置いています。第909条の2は、限度額を「標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して」定めると書いています。葬儀費用のために作られた仕組みだと、法律自身が言っています。

払い戻した分は「遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす」とされます。あとの遺産分割で、その分は自分が先にもらったものとして計算されます。

故人の預金から葬儀費用を出す前に確かめる3つの質問の判断チャート
3つの質問で、進む道が分かれます。

相続放棄を考えているなら、故人の財産から払わない

ここが、いちばん取り返しがつかないところです。

民法の第921条第1号は、相続人が「相続財産の全部又は一部を処分したとき」は、単純承認をしたものとみなすと定めています。単純承認とは、借金も含めて全部を相続することです。いったん単純承認とみなされると、相続放棄ができなくなります。限定承認も同じくできなくなります(借金があっても実家を残せる「限定承認」|放棄32万件に対し637件。相続人全員の同意と、実家を買い取るお金が要る)。放棄するかどうかを決める前に、借金の有無を信用情報機関で確かめる方法は親の借金を調べる方法|信用情報3機関の開示は合計6,080円。ただし「載っていない」は「借金がない」ではないにあります。

故人の預金から葬儀費用を払うことが、この「処分」にあたるかどうか。相当な範囲の葬儀費用なら処分にあたらないと判断された裁判例がある一方で、個別の事情で結論が変わります。確実な線引きは、条文にありません。

注意:放棄を考えているなら、故人の財産に手を付ける前に弁護士に相談してください。放棄の期限は、相続の開始を知った時から3か月です(民法915条)。葬儀費用は、いったん自分の財布から払うのが安全です。

なお、放棄した人が葬儀費用を払った場合の税務上の扱いは、相続税法基本通達の13-1にあります。放棄した者には債務控除の適用が無いのが原則ですが、「その者が現実に被相続人の葬式費用を負担した場合においては、当該負担額は、その者の遺贈によって取得した財産の価額から債務控除しても差し支えない」とされています。

注意:親の所得税(準確定申告)で戻ったお金は、逆に相続財産に加わります(親の準確定申告は要るか|年金だけなら多くは不要。ただし医療費が多かった年は戻ることがあり、戻ったお金は相続財産になる)。

相続税から引けるのは、通達に書かれた範囲

相続税の申告が要る場合、葬式費用は課税価格から引けます。実家の土地に小規模宅地等の特例を使う場合も、税額がゼロになっても申告が要ります(実家の土地の相続税が8割減る「小規模宅地等の特例」|別居の子は「家なき子」の6要件。10か月の申告期限まで売らない)。

相続税法の第13条第1項は、相続や遺贈で財産を取得した者について、課税価格に算入すべき価額を、財産の価額から次のものを控除した金額によると定めています。

  • 被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの
  • 被相続人に係る葬式費用

どこまでが葬式費用か。相続税法基本通達の13-4が、範囲を4つ挙げています。

  1. 葬式若しくは葬送に際し、又はこれらの前において、埋葬、火葬、納骨又は遺がい若しくは遺骨の回送その他に要した費用(仮葬式と本葬式を行うものにあっては、その両者の費用)
  2. 葬式に際し、施与した金品で、被相続人の職業、財産その他の事情に照らして相当程度と認められるものに要した費用
  3. 葬式の前後に生じた出費で通常葬式に伴うものと認められるもの
  4. 死体の捜索又は死体若しくは遺骨の運搬に要した費用

読経料などの寺院へのお礼は2番に、通夜の費用は3番に入ります。国税庁のタックスアンサーNo.4129も、同じ内容を平易に説明しています。

引けるのは、実際に負担した相続人と包括受遺者の分です。誰がいくら払ったかの記録を残してください。

相続税で引ける葬式費用と引けない葬式費用のチェックリスト
印刷して、領収書を分けるときに使ってください。

引けないものが、はっきり決まっている

間違えやすいのは、こちらです。通達の13-5は、葬式費用として取り扱わないものを4つ挙げています。

  1. 香典返戻費用
  2. 墓碑及び墓地の買入費並びに墓地の借入料
  3. 法会に要する費用
  4. 医学上又は裁判上の特別の処置に要した費用

香典返しは引けません。香典そのものに相続税がかからないので、その返礼も葬式費用になりません。

墓石と墓地は引けません。葬儀とあわせて墓を建てても、その費用は別扱いです。通達13-6は、生前に墓碑を買い入れて代金が未払いの場合でも、その未払代金は債務として控除しないとしています。

初七日や四十九日は「法会」なので引けません。葬儀当日に初七日をまとめて行う場合は、その部分の費用が分かれているかを確かめてください。

注意:所得税の確定申告では、葬儀費用は引けません。所得税に葬式費用を控除する仕組みがなく、医療費控除の対象にもなりません。引けるのは相続税だけです。そして相続税は、遺産が基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超えるときだけ申告が要ります。超えないなら、引く以前に申告そのものが不要です。

相続税の全体の期限と、実家を売るときの控除は相続した実家を売ると税金はいくら?3,000万円控除の条件と期限にまとめました。

健康保険から、2万円から7万円が出る

申請しないと出ません。

故人が加入していた健康保険から、埋葬料または葬祭費が支給されます。年金を受けていた親なら、亡くなった月分までの年金も未支給年金として請求できます(親の未支給年金は、別居の子でも受け取れる|決め手は「生計同一」の申立書。仕送りの通帳や施設の領収書が証明になる)。

  • 会社の健康保険(協会けんぽなど)… 健康保険法第100条により、被保険者が死亡したとき、その者により生計を維持していた者で埋葬を行うものに埋葬料が支給されます。協会けんぽの額は5万円です。受けられる人がいない場合は、埋葬を行った人に埋葬費として5万円の範囲内で実費が支給されます。被扶養者が亡くなったときは家族埋葬料として被保険者に5万円です(第113条)
  • 国民健康保険… 国民健康保険法第58条により、条例の定めで葬祭費が支給されます。額は市町村ごとで、横浜市は5万円です。申請先は、亡くなった人が住んでいた区の区役所です

75歳以上の親は、国民健康保険ではなく後期高齢者医療に入っています。その場合の葬祭費は都道府県ごとに決まっていて、5万円・3万円・2万円の3通りがあります。国保も東京23区は7万円、熊本市は2万円と差があります。額の一覧は葬儀費用の補助金「葬祭費」は2万円から7万円|47都道府県の後期高齢者医療と、政令市・東京23区の国保を公式ページで比べたにまとめました。

どちらも時効は2年です。協会けんぽは死亡した日の翌日から、横浜市は葬祭を行ってから2年で申請できなくなります。

注意:国民健康保険に入っていても、健保から出る場合があります。横浜市の案内では、死亡前3か月以内に以前の健康保険に本人として加入していた場合などは、以前の健康保険から埋葬料が支給されるとされています。会社を辞めてすぐ亡くなった場合は、前の健保に問い合わせてください。

払えない場合の制度

葬儀を行う扶養義務者がいない、または費用が足りない場合に、生活保護法の葬祭扶助があります。

生活保護法の第18条は、葬祭扶助の範囲を検案、死体の運搬、火葬又は埋葬、納骨その他葬祭のために必要なものと定めています。第2項は、被保護者が死亡してその葬祭を行う扶養義務者がないとき、または死者に扶養義務者がなく、遺留した金品で葬祭の費用を満たすことができないときに、葬祭を行う者に対して扶助を行うことができるとしています。

申請は葬儀の前に、故人が住んでいた市区町村の福祉事務所へ行ってください。葬儀のあとでは対象になりません。

順番に確かめる

  1. 相続放棄を考えているか。考えているなら、故人の財産に手を付けずに弁護士へ(ほかの期限の一覧は親が亡くなったあとの手続きと期限の一覧|7日・14日の届出から、3か月・10か月・3年まで。取り返しがつかないのは3か月)
  2. 健康保険の埋葬料・葬祭費を申請する。額は保険と自治体で違う(2万〜7万円)。時効2年
  3. 故人の預金から出すなら、909条の2の範囲で。預金額の3分の1×法定相続分、1行150万円まで。ほかの相続人に伝えてから
  4. 領収書を、通達13-4の範囲と13-5の範囲に分けて保管する
  5. 遺産が基礎控除を超えるかを見る。超えるなら相続税の申告で葬式費用を引く

1番を飛ばさないでください。あとの4つはやり直せますが、1番だけは戻れません。

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葬儀費用の払い方、調べたので共有します。

  • 葬儀費用を誰が払うかは、法律に書いてありません
  • 親の預金からは、預金額の3分の1×法定相続分(1つの銀行で150万円まで)を、相続人が1人でも払い戻せます
  • 相続放棄を考えるなら、親の財産から払う前に弁護士に相談が必要です
  • 相続税で引けるのは、埋葬・火葬・納骨・読経料・通夜の費用です。香典返し・墓石・初七日は引けません
  • 健康保険の埋葬料・葬祭費も出ます(額は保険と住んでいた自治体で違い、2万円から7万円です)。請求は2年以内です
  • 領収書は全部取っておいてもらえますか

よくある質問

よくある質問①

葬儀費用は誰が払うと決まっていますか

決まっていません。民法にも相続税法にも、負担者を定めた条文はありません。喪主が払うのは慣習です。相続財産から出すこともでき、その場合は民法909条の2の範囲なら単独で払い戻せます。ただし相続放棄を考えている人は、先に弁護士に相談してください。

よくある質問②

故人の口座から葬儀費用を引き出してもいいですか

法律上の枠があります。民法909条の2により、預金額の3分の1×自分の法定相続分を、1金融機関150万円を上限に単独で払い戻せます。金融機関には、相続人であることを示す戸籍などの書類を出します。ほかの相続人に伝え、領収書を残してください。引き出した分は、あとの遺産分割で自分が先に受け取ったものとして扱われます。

よくある質問③

相続放棄をするつもりですが、葬儀費用は払えますか

自分の財布から払う分には問題ありません。気をつけるのは、故人の財産から払うことです。民法921条1号は相続財産を処分すると単純承認とみなすと定めており、放棄できなくなるおそれがあります。放棄の期限は3か月です。払う前に弁護士に相談してください。

よくある質問④

葬儀費用は確定申告で控除できますか

できません。所得税に葬式費用を控除する仕組みはなく、医療費控除の対象にもなりません。引けるのは相続税の計算のときだけです。それも、遺産が基礎控除を超えて申告が必要な場合に限られます。

よくある質問⑤

香典は相続財産になりますか

なりません。香典は喪主への贈与と考えられ、相続税の課税対象ではありません。だから香典返しの費用も、葬式費用として引けません(通達13-5)。香典を葬儀費用に充てたうえで残った分をどうするかは、家族で決めることです。

出典

  • 民法(明治29年法律第89号)第909条の2、第915条、第921条、第897条
  • 法務省「遺産分割前の預貯金の払戻し制度」(2019年7月1日施行、1金融機関150万円)
  • 相続税法(昭和25年法律第73号)第13条第1項
  • 相続税法基本通達 13-1、13-4、13-5、13-6
  • 国税庁「No.4129 相続財産から控除できる葬式費用」(令和8年4月1日現在法令等)
  • 健康保険法(大正11年法律第70号)第100条、第113条/全国健康保険協会「埋葬料・埋葬費」
  • 国民健康保険法(昭和33年法律第192号)第58条/横浜市「葬祭費の支給」(2024年12月27日更新)
  • 生活保護法(昭和25年法律第144号)第18条
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杉野 一樹(ペンネーム)
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